メールの着信を知らせる小さな光が、ちかちかと瞬いた。
(うー、ああ。そんなことになるだろうとは思ってましたけど)
リンからの短いメールは、今日の勉強会に参加できないことと、小松に申し訳ない旨が書かれている。
大理石のテーブルに突っ伏しながら返信を打つ。
気分は急降下だ。白とグレーのマーブル模様が小松の気分を表しているように見えて、ため息をつきながら小松はテーブルをなでた。
(トリコさんも急な練習試合でこれないっていうし、リンちゃんもたぶんそっちの応援行っちゃったんだろうなあ。って、みんな課題どうすんの)
今日はなぜかトリコの家に集まって勉強をする、という話になっていたのだ。サニーもリンもトリコのことを知っていたので、ついでにコンビの件についても話し合おうと積極的に持ちかけたのは小松の方であったけれど。
(みんなこんなにつかまりにくいとは思わなかった)
サニーからなどは連絡すらないのだ。
済ませてしまった課題のノートを片手でめくりながら、大理石の冷たさに頬を冷やしてこぼれ落ちそうになる涙をこらえた。
トリコのセクハラ発言は小松自身の中でいまだくすぶっている火種のままだ。
デリカシーがないというのはこの長い付き合いの中で学習していたし、今までだって似たようなことはあった。けれど、この件についてなぜこうも自分がこだわり続けているのか小松自身にも分からないなにか、があってそこを越えなければ先に進めないとまで思いつめている。
(だって――)
小松は自分の小さな手を見つめた。
細くて短い指は器用に包丁を操り、おいしい料理を作るためによく働く。しかし、トリコのように大きく力強いわけではない。
いかんともしがたい性別の差は厳然としてそこにあるのだ。
犬の子供のように一緒になって育ってきた。トリコとの間に隠し事などない。最近のことはいざ知らず、顔についた古傷やそこかしこにある傷跡がいつ、どこで、どう行ったいきさつでついたのかを網羅しているのは自分しかいないだろう。
それはトリコも同じはずだ。小松と違ってトリコの場合はそんなささいなことまで覚えているかどうかではあったが、ふたりの間はそれほどにあけすけで、だからこそ――
(ボク、トリコさんに女として見られたくなかったんだ)
ほとり、と意識より先に感情が答えにたどり着いた。

たくましく男性的な魅力を備えたトリコは女性に非常によくモテる。
小中学の時からそうだったが、高校に入るとそれがさらに顕著になった。
行きすぎる女性たちはみな小松を一瞥すると、とたんに興味を失ったようにトリコの元へ近づいてつかの間の愛を語るのだ。小松はそれをショーを見るような目で眺めていたが、ある日を境にステージに近寄ることをやめたのはなぜか。
トリコの近くにあり、それが当然と思って生きて来た。自分を女と意識したこともほとんどない。髪は短く刈り込んで、着るものと言えば制服以外はいつもデニムに地味な色合いのシャツの小松はたぶん少年のように見えただろう。
変にきれいな色をしていたり、ひらひらしたデザインの洋服は小松の顔を滑稽なピエロのように見せるからずっと敬遠してきた。動きづらいからという実用的な部分もあったけれど、理由はほとんどそうだった。
(でもやっぱりボクも)
そういうものに憧れないというのも嘘なのだ。
食べている人の笑顔が見たいと料理に没頭し、人並みのオシャレや流行に敏感ではなかった。小柄で成長が遅く、顔立ちもあまりよくないといっても心は健やかで順当なとしごろのれっきとした女子であった。
(ただ――)
トリコから時折発せられるデリカシーのない発言も、トリコに近づく女性たちの侮蔑めいたまなざしも全て受け流せていたのは、自分が『女』だとみられていない安心感からだったのではないか。
ふっと氷のように張りつめた心の奥底に近付いた気がして、小松は息をとめた。



走り出したにょこま妄想