「イんじゃね?――毎日、きちんと洗顔と手入れもしてるみたいだシ!ほら、こっち向けって」
ぐいぐいと肌をこすられて小松はきつく目を閉じた。
「おい、肌にしわができるほど力入れんじゃねーし。レが前に教えて来たことわすれんじゃねえ。んなことじゃ美しくなれねーし」
うつくしくを、つくしく、と発音するサニーが目をむいて小松を叱りあげた。リンは隣で鏡を見ながら産毛の手入れに励んでいる。
(リンちゃんはまだしも――なんでサニーさんまで)
美の研究には余念がないこの兄妹の目下の最大の関心事が自分のようで、暇があればふたりしてああでもないこうでもないと争いつつ、美肌に美白にいままで聞いたことのないようなサプリメントや栄養素の名前を詰め込まれる小松であった。
そして今日は、なぜか空き教室に連れ込まれて肌の具合を確認したあと引きずられてたどり着いた白亜の宮殿。
(ボク――こんな所で何をしてるんだろう)
瑕疵一つない壁紙には滑らかな曲線が踊っている。顔が固定されて動けないから目だけでそれをたどって、くるくると部屋の中をさまよってみた。
優しいクリーム色の室内灯は外の明るさと同じにしているという。
小松の顔にせっせとなにか液体を塗りつけるサニーの顔は真剣そのもので、壁をさまよったあとはただじっとその表情を眺めた。
美容にうるさいだけあって、サニーの肌は雪花石膏のようにきめ細かくしろい。調子が良い時など、ぼんやりと内側から光っているみたいに見えることがあるほどだ。
こだわりがあるのか、4色に染め分けられた長い髪の毛もそのうつくしい肌を引き立たせている。いつもはそれをただ無造作に下ろしているだけだが、こうやって何かに集中するときサニーはいつも塔のように高々と髪を編み込んでしまう。小松はそれを見るのが好きだ。
きらきらと光を反射する4色の髪は、どこまでも手に届かない憧れの象徴のように小松を魅了してやまない。
「なんだ?松――俺の顔がうつくしすぎて、目が離せないのか?」
ぼおっと眺めていると、視線に気がついたのか口だけをゆがめてサニーが笑った。
確かにその通りだったので、小松はうなずいた。
「サニーさんの肌と髪がきれいだから。光をはじいてきらきらしてます――いいなあ、ボクが伸ばしてもそんなふうにはならないし」
「バッ!――松ッ!」
びくん、とサニーの手が震え美容液を含んだコットンが地面に落ちた。
「嫁入り前の女が男に向かってそんなこと言うなっつーか、前は髪の毛なんかまだまだどーでもいいっつーか。――磨けば光るくせに、それを気づこうともしない奴はキショイけどよ……まあ、前は特別つーか、松は」
もごもごと口の中でなにかつぶやいているサニーの顔はなんだか、少女のように見えなくもない。それが同世代の女子よりもかわいく見えて小松はほほ笑んだ。
「お兄ちゃん照れてる!」
リンがサニーを指さしてけたたましい声で笑い出した。小松の見ている前でサニーはばっと顔を真っ赤にして大きく口をあけた。
「キッショ!リン、キッショ!照れてなんかいねーし。産毛の手入れ舐めやがって。これするだけで化粧ののりがンゼン違うんだぜ」
びしっと指でリンの頬を差してサニーが断言している。ほほえましい兄妹げんかだ。
吹き抜けの天井から差し込む光が、小松たちを明るく照らしている。
わき立ったほこりが宙に浮かぶと光のつぶみたいに輝くように、この空間全てに満ち溢れる空気が幸せに染め抜かれて虹色のプリズムをやどしているのが小松の目には見えるようだ。
(――永遠にこの時間が終わらなければいいのに)
薄く浮かんでくる涙をこらえかねて、小松は泣き笑いの顔で二人にほほ笑みかけた。



走り出したにょこま妄想