「ねえ、もうトリコを許してあげて。あれで反省してるみたいだし――ウチにお願いしてくるぐらいには考えてもみてるし」
「……」
リンの言葉にぷい、とそっぽを向いて食後のゼリーをひとさじ口に頬張った。
「まあ、小松が怒るのもウチ分かるし、無理は言わないけどね。トリコがデリカシーないのはいまに始まったことじゃないから」
目の前のパフェをスプーンでつつきながらため息をついているリンには申し訳ないが、この件について小松は譲る気がない。
教室の真ん中で持ち物をにおわれた挙句、あまりにも考えなしな発言をされたのだ。かばんをトリコの鳩尾に叩きこんで、バランスを崩したところを足で払ってかかとでにじにじしてもその怒りは収まらない。
保健室に逃げ込んで、その日は授業をのがれたが翌日からはクラスメイトからの視線が痛いほどだった。
謝ろうと近づいてくるトリコを徹底的に避け、弁当も用意しなかったのでとうとうリンの仲裁が入ることになったのだ。
「だって――あんまりじゃないですか。いくらそういうところに配慮がないからって、それでもやっぱり……ああっ、思い出したらまた」
小松は両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏した。ぽんぽんとなだめるようなリンの優しい手が小松の肩を叩く。
ここはせんにリンが言っていた『いい店』だという。確かに小松が近寄ることもない立地で中に入るまでは宝石店かと思うくらいすべてに手入れが行き届いて、白い壁がなにもなくても光って見えるくらいにきれいだった。
個室に案内されて、コースが運ばれてくるまでは口もきけないほどだったが、食べ終わったいまは受け答えができるほどに気分が回復している。
「ウチからもトリコに言っとくし。――小松には悪いけど、ちょっと役得かななんて思ったりしてないし!こんなことがないとトリコがウチに頼み事なんかしてこないから、嬉しいのはホントだけど、理由が理由じゃ素直に喜べないし」
「リンちゃんが悪いわけじゃないから、それはいいけど」
「んー、でもここの食事代、トリコがみてるから。それだけは伝えとくね。やっぱウチ、トリコに甘いし」
「えっ、あのトリコさんが自分が食べるためじゃないのにお金出したの!?」
ぎょっとして小松はスプーンを取り落とした。か細い金属音が、小さな部屋に響く。
「そう。だから今回はよっぽどってことじゃないかなってウチとしては思ってるし。でも、ウチが小松のことどうでもいいって思ってるわけじゃないよ」
行儀悪くスプーンを口にくわえてリンが言った。椅子をうしろに傾けて天井を見上げている。
「……」
「それに、そろそろの課題の時期だし。ふたりがそういう感じだったらトリコはともかく、小松が大変じゃないかって心配もあるし」
「あああ――忘れてた。そんなことあった」
ぶるん、と小松は体を震わせた。
半年に一度だが、二人ひと組にならないとこなせない課題がでる授業があるのだ。クラスメイトはみなトリコに遠慮するので、特になにもない場合は小松がトリコのコンビになるのが普通だった。一度組んでしまえば、よほどのことがないと相手を変えることはない。
「あれ、配点高かったし――小松、結構苦手でしょ」
小松は無言でうなずいた。相手を変えるにしても、たぶん今からでは間に合わない。怒っている場合ではない、時期が悪いのだ。
「まだ小松はいいじゃん。ウチのコンビなんて、お兄ちゃんだよ?」
憮然とした顔をしてリンが唇をとがらせている。その言い方がかわいらしくて、小松は思わず吹きだした。
(あ――)
まるで天からの導きのようなひらめきが小松の頭に光をもたらした。



走り出したにょこま妄想