あの日、から数日がたった。 ココに激しく詰問された後のことは何も覚えていない。 次に目を開ければそこは家のリビングのソファだったからだ。長時間立ち仕事をした足だけがしくしくと痛むだけで、小松はそのあとすぐ寝てしまった。 だから、いまはもうあれは夢だったかもしれない、と最近は思い始めている。 リンは口を開けばトリコに送って行ってもらった話ばかりしているし、小松はあれからココと会う機会がない。 そもそもココがあんな怖い顔で自分に迫ってくるなんて、被害妄想というよりも欲求不満はなはだしいという思いもある。悲しいことにリンからもらった髪留めがどこかに行ってしまったことだけは事実なのだが。 「小松〜、課題やってるか?」 ただ、あの日を境にトリコがやたら自分の周りをうろうろしているのも本当の話だ。 「あたりまえですよ。トリコさん、部活ばっかりやってるのは免罪符になりませんよ?いい加減、宿題や課題も提出していかなきゃ」 「見せてくれよ、俺とおまえの仲だろ?」 「……」 小松は黙って口をとがらせた。弁当と保育園からの腐れ縁という接点しかなかった気がするけど、というのは飲みこんでおく。 「小松ぅ!」 小松の座る椅子のそばにしゃがみこむトリコは大型犬のようだ。ハシバミ色をした目がきらきらとくるめいている。 仕方ない、小松は肩で息をしてそっとノートを取り出した。甘いのは分かっている。けど、これはどうしようもない習い性のようなものだ。 「返して下さいよ?これ、ボクも提出しなきゃならないんで」 「分かってるって!持つべきものはマメな幼馴染だな!」 取り上げられるのが怖いのか、さっと小松の手元からノートをひったくってトリコがそれを――くんくんと嗅ぎ出した。 「おい!トリコさん!?なにしてるんですか!」 「――いやぁ、つい。なんかいい匂いするからさあ」 「それはかばんの中でお弁当と一緒に入ってたからでしょ?行儀悪いことしないでください!そんなことするなら返してもらいますよ!」 「悪かったって!」 トリコが立ち上がって頭の上にノートを差し上げた。小松にはどうやったって取り返せない高さになる。たちあがっても小松はトリコの胸辺りまでしかないのだ。 女の子の持ち物の匂いを嗅ぐなんて、デリカシーがないにもほどがある。 わなわな震えながら、高い位置にあるトリコを精いっぱい怖い顔をして睨みつけた。 「怒んなって!」 「怒りますよ!ふつうはここ、怒るところですから!」 「まあまあ」 大きな手で頭をわしゃわしゃとかき混ぜられる。リンならば喜びで倒れこんでしまうだろうが、小松は気にしない。トリコの胸に手をかけて、体ごとぴったり密着してノートを取り戻すために背を伸ばした。 「おっ、おい」 焦ったような声が聞こえるが、聞かないふりをする。この図体ばかり大きな幼馴染に配慮、とか遠慮などしていたらいつまでたっても物事は進まないのだ。 「ちょっと、小松?」 上ずった声。目だけで見上げると、暑いのか汗をかくトリコの顔があった。よく食べるから新陳代謝もいいらしい。いや、今日入れたおかずのせいかも。 「そんなことするなら、ノート返して下さい」 「――いやだ」 「もう!」 しばらくその体勢のまま争っていたが、しまいにひょいと小脇に抱えあげられた。なんとなく屈辱を感じる瞬間である。 「きいきい言うなって、お前――あっ、そうかあれか」 しばらくトリコが口の中でもごもごとつぶやいて、ひとりで納得したようにうなずいている。嫌な予感がして見上げると、太陽のような明るい笑顔でトリコが笑った。 「小松、生理中か!そんな時にはあま――っぐえ」 それ以上を聞いていられなくて、小松は手を伸ばして机の脇にかけていたかばんをひったくるとトリコの鳩尾に力いっぱい押しこんだ。 |