ほんの少し照明を落とした室内に、むっとする人いきれ。
ざわめくささやきの中で、うろうろとさまようボクを強引に引っ張り上げるリンの細い指先が、白くとがっている。
「小松はあたしの隣」
連れてこられた先は、なんだかよく分からない小さなテーブルセットの前で、椅子に押し込められた小松は頼りなくリンを見上げた。
なにが起こるかもよくわかってない。
いつもながら、強引に丸めこまれなんだかんだと流されたが、どうも今までよりはずいぶんと違った場所だなと思う。
(ここどこだよ……)
さっきまで、リンと一緒にお弁当を作っていたのだ。
トリコに渡す特大の弁当作りに小松も駆り出されていて、作業が終わったとたんばたばたと身づくろいをして、てっきり試合場所にでも行くのかと思っていたら、かけ込んだのは小さなビルの一角にある会議室のようなところだった。

相変わらずリンのやることは良く分からない。
人一倍の行動力と、トリコを思う気持ちを純粋に尊敬しているけれど、その突拍子な結果に巻き込まれるのはいつも小松なのだ。
深いため息をついて、肩を落とした。興奮気味のリンから事情を聴くのはあとにする。とりあえず、自分にできる範囲で状況を把握するしかない。さまざまなトラブルに見舞われてきながら、かろうじてそれを回避してきた小松の現状認識能力が火を噴く瞬間だ。
(えーと、まあ突然ヘンなこと始まるっぽくはなくて)
リンにせかされてかけ込んだ時には、もうたくさんの人がこの部屋の中にいた。騒がしかったからか、じろじろと見られて居心地はあまり良くなかったように思う。ほとんどの人がひっそりと、小松たちが座っているようなテーブルの壁側に座っていて、おしゃべりをしているようすはないのにどこか部屋がざわざわしているのはなぜだろう。
「あのー、リンちゃん?ここって……」
会場内のようすをうかがって、なにか危ないことが起こりそうにないのを確かめてから隣に座るリンに話かけてみた。ここへ来た当初の高ぶりはだいぶ晴れているようだ。
「あれ?言ってなかったっけ。いまから合コン始まるよ」
「へ?」
リンから衝撃の事実を告げられて、小松は固まった。
(合コンって?合金とコンクリートとかそういうのじゃなくて、合同コンパって……ボクには一生縁のない世界の話じゃないの)
ひゅっと息を飲んで、もう一度へやを見回すと、確かに女の人しかいない。綺麗な女の人たちが間隔をあけたテーブルの向こうで、どこか緊張した面持ちで座っているのはそういうことか。
(けど、なんか違う)
小松はぶるぶると首を振った。
学生の身で耳に入りうる情報の中で見聞きする合コンの話とは、ようすがずいぶん違う気がする。クラスメイトはなんと言っていただろうか。隣の学校の友達とカラオケで合コンとかそういう話だったはずだ。
(だって、ボクも誘われたけど、こんなふうじゃなくてみんな制服だったし、カラオケでだったし――こんな、なんていうか……そう、こんなまじめな感じじゃないと思う!)
友人のほとんどは彼氏を作りに行く、というよりも遊びの延長でそこに男の子がいればもっと楽くなるんじゃない?くらいのノリだったと思う。きゃあきゃあ騒ぎながら、リップグロスの交換をしたり、スカートの長さを調節したりとみているだけで楽しい気分になったのだけど。
(それに比べれば、なにかここは――もっと張りつめたような、真剣な気配がする)
うきうきと鏡をみて身づくろいを整えるリンを横目で見ながら、小松は背中に汗をかいた。
場違いではないだろうか、という思いが頭をかすめた。今ならまだ間に合うかも、と席を立ったその時、部屋のドアが開いてたくさんの人が入ってきた。
「ちょっと、リンちゃん――これ、合コンって言うか……なんか違う」
「えー?違わないよ。ちゃんと雑誌に載ってたもん。えーっとこれ」
ぎゅっとリンを引っ張って問いただすとのんきな答えとともに、冊子が差し出された。薄暗い明りでかろうじて目を凝らせば、そこにあったのはお見合いパーティと書かれた項目だった。
読み進めていくうちに、小松の肌が粟立った。
「確かに、合コンと同じかもしれないけど――こんなの、聞いてないよ!」
叫び出しそうな口を思わず押さえながら、小松はこぶしを握り締めた。




走り出したにょこま妄想