「その手には乗りません!」
手を合わせて拝んでくるリンに小松は冷たく言った。
「そんなこと言わないでよ!お願い、一生のお願いだし」
「なん回、一生のお願い使ってるんですか。もう、リンちゃんのお願い聞いてると大変な目に会うから」
教室の壁際まで追い詰められて、それでも小松はつんとあごをあげたままだ。
リンがじっとうらみがましい目で見下ろしてくる。
「お願い!だってうち一人でバイトとか絶対無理だし。頼んでた相手が都合悪くなって、こんなこと頼めるの小松だけなんだし!」
そう言われると弱い小松であった。
どうやら無謀にもリンはアルバイトに手を出そうとしているらしい。どこかの社長令嬢で、困っているわけではないのにどうしてそういうことをしようとするのか、小松にはさっぱり理解できない。けれど、彼女のアグレッシブなところが憎めないところでもあるのだ。
「でも、前もケーキおごってくれるっていったのにまだだし」
「これ合わせて一緒にランチしよ?お兄ちゃんに聞いたいい店があるんだ。まだ誰とも――トリコも誘ったことないんだよ?小松と一緒に行こうと思ってたし。ね、お願い」
「……」
リンには勝てない。肩をすくめて、一回だけだと念を押すと小松の背中にリンの腕が回ってくる。
「ありがとう!そこのお店、制服がすっごいかわいいから、一回着て見たかったんだ。小松とおそろいって、うれしいし」


「ちょっとこれ、スカート短すぎませんか?」
「んなことないよ、それよりもうちょっと背筋伸ばして――エプロン締めるよ」
リンの言葉に肩を反らすと、ぐっと胸の下に力がかかった。小松が着せられているのは白いブラウスの上から、ぎりぎりまで絞り込まれたエプロンでいやがおうにも胸が強調されるデザインの制服だ。
ぱっとみると清楚でかわいらしいのだが、よく見るとなんだか違和感を覚える。
普通のレストランのホール係のはずなのになんだか、立っているだけで恥ずかしいのはなぜなのか、はきなれないタイトなミニスカートの後ろを押さえながらリンに向かって唇を突き出した。
「小松もうちもすごい似合ってない?あとで一緒に写真撮ろうね」
「もう、リンちゃんったらのんきなんだから!」
袖口はぷっくりと膨れ上がった鈴蘭の花のように広がって小松の小さな肩をかわいらしく覆っている。なんだかそれも落ち着かない。
リンが笑いながら小松の頭に手を伸ばしてきた。ぱちん、と固い音がしてぎゅっと髪が一か所にまとまった感触があった。
「これあげる。ウチら髪の毛短いけど、やっぱ女の子だし」
鏡で見てみると、オレンジとピンクの中間の色の丸いキャンディのような髪留めがちょっと斜めについている。制服のスカートの色と同じだ。
リンの頭にも同じような色の髪留めがついていて、小松は思わず苦笑した。
とことんまでこの恰好を楽しむつもりなのだろう、リンを見習って小松はまるい髪留めに触れて鏡の前の自分を見なおした。
(まあ、悪くはないかな――例のアレも着てるしね)
胸の形もスカートに包まれたラインも、まあまあ合格点というところだろう。くるりと鏡の前で一回転して、リンを見ると企んだ顔で小松の手を取った。
「え――これ以上はダメですよ?もう時間だし。そろそろお店に入らないと怒られちゃいますよ」
本能的な不安を感じて、じりじりとあとじさったが、腕を掴まれているから鏡にぴったりと張り付くことしかできない。
「ダーメ。あと一つだけ。ね?悪いようにはしないんだから!」
思わず微笑み返してしまうほど輝かしいリンの笑顔に見とれながら。小松は息をのんだ。



走り出したにょこま妄想