広い応接室の大理石のテーブルの上に乗せられた分厚い封筒を前に、小松は凍りついたように動けない。呼び出しに応じて、家まで来たもののやはり出迎えてくれたのはココだった。
今回ばかりは用件を聞かなければ、帰ることも許されない。3歳からの呪縛は深く、小松を縛り付けているからだ。
「これ、なんですか?」
暖かい紅茶と焼き立てのクッキーが供されて、夜ごはんがまだな若い体には目の毒である。くるくると頼りなく動く腸を必死の思いで押さえながら、小松は目の前に座るココに目をやった。
「トリコの弁当代――もっと早く聞いておけばよかったね。ずっと用意してくれていたんだろう?材料費だって馬鹿にならないと思う。もちろん、足りるとは思ってないから、そこはなんとかさせるよ」
「……困ります」
封筒の中に入っているのがたとえば千円だったとしても、たぶんすごい額になるであろう分厚さに圧倒されながら、小松は口を開いた。
「そう言わないで、受け取って。あいつはほんとに、君に甘えっぱなしで困る――もうちいさい子どもじゃないんだから」
「……」
自分が非難された気がして、小松はびくっと身をすくめた。
ガラスでできたシャンデリアの光が優しく室内を照らしている。場違いな自分が恥ずかしくて、この世から消えたくなるのはこんな時だ。
顔を突き合わせているのが辛くて、ふっと横を見るとこれもまたガラスでできた置物が小松の姿をゆがんだ形で映し出していた。
(もうやだ、帰りたい)
「そんなの、受け取ったら両親に叱られます。それに、トリコさんのお弁当は自分のついでだし――重いだけで手間はかかってません。料理は好きだし」
ココの長いため息。空腹などすっかりどこかへ消えている。濡らした綿を胸に詰められているみたいな重苦しさが小松を苦しめた。
「ご両親にはお話してあるから。これは君の分だ。本当に申し訳なかった――ボクの監督不行き届きだ。責められるのはボクとトリコだ。小松くん、ごめんね」
堅苦しい言葉の最後に、ふっと昔がよみがえった気がして小松ははっと顔をあげた。美しい顔がこちらを見ていた。久しぶりにまともに見たココの顔は、相変わらず小松を絶望させるくらい、整っている。
(分かっていたけど)
昔からココはきれいな顔をしていた。小さな顔のなかに切れ長の瞳と通った鼻すじ、薄い唇がぴったりと収まっていて、それを見ては鏡に映る自分の顔に同じ人類なのかと疑いを持たない日はない。
思春期の少女にとって、たとえ愛嬌があるといわれても離れすぎた鼻の穴や目ばかりが大きいたぬきのような顔立ちは、到底受け入れがたい現実である。
非情にも男である幼馴染たちのほうが、はるかに男らしく整っており、それがさらに小松を卑屈にさせる原因でもあった。
(なんで、こんなに違うんだろう)
抜きん出て醜いわけではないけれど、かといって美しくないこの顔。
だれも、こんなふうに生まれてきたいわけではなかったのに。
泣きだしてしまいたいのをこらえるために、唇をかみしめたけれどふるふると震えるばかりで頼りにならない。スカートの裾をつかんで、うつむいた。
「困らせるつもりは、なかったんだよ」
いつの間にかココが小松のすぐ横に立ってテーブルに片手をついて顔を覗き込んでいた。ありがたいことに、泣きそうになっているのを困っていると勘違いしてくれているようだ。
けれど、至近距離で見つめてくるココの瞳は、かつてのように甘く優しい年上の頼れるお兄さんのままで――
(いつみても、どこからみてもココさんはかっこいいなあ)
思わずため息をつくと、押さえつけていた涙が大粒の雨になって小松の頬に降り注いだ。



走り出したにょこま妄想