(バイト……しよっかな) 昼休みに入ると、とたんに教室内がうるさくなる。 持ってきた弁当箱を広げながら、小松はふっと息をついた。 「小松!弁当くれよ」 アンニュイにひたっているところを、トリコの乱暴な声が打ち破った。小松はちょっとそれに睨みつけながら、鞄から用意していた特大サイズの弁当箱を引っ張り出して待ち構えているトリコに向かって突き出した。 「どうぞ!ていうか、また早弁したんですか?いい加減、お昼休みの時間を覚えてください」 「そんな固いこと言うなって!」 笑いながらトリコは小松から弁当箱を奪い去ってだれにも取られないように胸に抱え込んだ。 「まあいいですけど、食べ終わったら返して下さいね。忘れたら絶対、もう二度と持って来ませんからね?」 「わかったって!ありがとよ、小松。さすが俺の幼馴染!――ここで喰っていっていいか?」 小松は無言であいている椅子を指さした。 すかさずそこに座りこむと、トリコは手を合わせていただきます、と一言捧げてから弁当を食べ始めた。 「あっ、そうそう。小松、今日俺んち来てくれよ」 トリコの食べ方は非常に汚い。IGO財閥の御曹司のくせに、テーブルマナーをまったく受けつけようとしない自由奔放さが、同年代の女子には受けるらしい。 「えっ、なにかあるんですか?」 「悪い、内容聞いてねえわ」 ぐはは、と笑いながら米粒を飛ばすのを肩を落として聞きながら、分かりましたとだけつぶやいて小松も自分の弁当箱を開いた。 世の中に平等などないのだ、と小松が気付いたのもう10年も前のことだろうか。 両親がIGOに勤める平凡な会社員である。忙しい人たちだなとさみしく思うことはあっても、無邪気な子供の内は良かったのだ。 トリコがその会社の責任者の子供だということはほどなくして両親の知るところとなり、小松は厳重に注意を受けた。 曰く、あまり近寄らず、かといって不興を買うこともせず、つかず離れず大人しくしていることなど――幼かった子供にできるわけがない。 通う保育園が同じであり、家の場所もほど近い。しかも同い年であるトリコに巻き込まれるように遊び出したのが3歳のころ。 物心つきだして、どうやらトリコとうちはずいぶんと何かが違うことに気がついたのがその次の年、保育園を卒業して小学校に入学するころには小松はトリコを敬称をつけて呼び出していた。 つまり、トリコさん――と。 それは両親のためであったかもしれないし、同い年ながらまるで桁外れなトリコに敬意を表してなのかいまでは自分でも分からないが、誰にも強要されたことがないのにも関わらず、それはこの年までずっと続いている。 大きな鉄の門を押し開きながら、小松は長いため息をついた。この門をくぐるのは慣れているが、平気なわけではない。 もう、なにも考えなくていい子供ではないのだ。 手入れされたツタの絡まるアーチをくぐり抜けると、これもまた大きな一枚板の玄関が見えてくる。再びため息をついて小松はいったん立ち止まった。 呼びだしたくせに、トリコは学校が終わるとすぐに部活へ消えた。それもいつものことだ。特に戸惑いもなく、来いというからには行かなくては、と謎の使命感を帯びてやってきた。家が近いから、特になにも考えなくてもいいというのも理由である。 (どうか――あの人がいませんように) 暗くなってきた星空に祈りをささげて、小松は勢いよく呼び鈴に触れた。 |