「でさ、ウチの兄貴がほんとうるさくて」
雨降りの日は放課後、部室に残って友達とうわさ話に興じるのが楽しい。
教室の大きな窓から見る雨はわりと芸術的だ。糸みたいにガラスにへばりつく細い水滴を眺めながら、小松は小さなクッキーを口に入れた。
「年頃の女の子つかまえてさ、肌が荒れてるだの手入れがなってないとかほんとナルシストにはほどがあるっていう」
「リンちゃんのお兄さん、美の基準高そうだね。ボクは――会うの怖いかも」
「もうほんと、妹にも情け容赦ないんだし!」
明るく笑うクラスメイトにつられて小松も笑った。
「ねえ、小松って下着とかどうしてる?」
「――え」
唐突に話が変わって小松は口ごもった。
「どうって、別に普通にお店で買うけど」
かろうじて答えると、だよねーとリンはため息をついてテーブルの上に顔を伏せた。
「お兄ちゃんがさあ」
リンの話す兄の話はとても面白い。小松も一度だけ見かけたことがあるが、長い髪が特徴的なリンによく似た目をしたきれいな人だった。
「いい年なのに、そんな子供が来てるみたいなのは美しくないってうるさくてさあ。おもわず売り言葉に買い言葉で、じゃあお兄ちゃんがいうきれいでふさわしい下着ってのを探してきてよっていっちゃったんだよね……」
どうしよぅ、小松ぅ!とくぐもった声でリンはうめいた。
「あの兄貴だったらぜったい探してきそうだし!でも、なんでこんな年になってお兄ちゃんの見たてでブラジャーとかパンツとか買わなきゃなんないわけ?馬鹿すぎ!もー、信じられない」
嘆くリンを慰めながら、小松は複雑な思いに胸を痛めた。そんな細やかな気遣いをしてくれる兄妹に恵まれたリンを羨む気持ちと、年頃の少女らしい恥じらいが天秤にかかって揺れている。
「でさ、小松に改めてお願いがあって!」
がばっと体を起こしたリンが小松に向かって両手を合わせて来た。
(――なんかいやな予感)
室内はちょっと肌寒いくらいに空調がきいていて、小松は半袖から伸びる素肌を軽くなでた。


「だからって、これはないよ!」
震える肩を押さえながら、隣にいるリンに小松は声をひそめて抗議した。
リンに押し切られて、小松が連れてこられたのは繁華街にある小さなランジェリーショップだった。
制服姿で入るのも勇気がいったのに、いまふたりはドレープのかかった白いカーテン一枚で区切られた更衣室に押し込まれているのだ。もちろん、制服はすっかり脱がされて下着だけのあられもない姿で震えている。
「ごめんってば!でも絶対小松には迷惑かかんないようにするってば」
「もう、十分かかってるって!」
ひそひそとリンとやり合っていると、外でごそごそと何かを探っている気配がする。ひっと息をひそめてうしろにさがると冷たい壁に背中が当たった。
「ご試着だけでもよろしくお願いします」
足もとから差し入れられたのは、かごに入った美しい下着だった。
リンがそれを引き寄せて、片方を無言で小松に押し付けてくる。
そっと手に取ると、薄桃色のレースで縁取りされた布が小松の手に繊細な感触を伝えて来た。いままで、スーパーで売っている綿のスポーツブラくらいしか縁のなかった小松にとってこれはもう、下着というよりも芸術品と言った方がいい。
「ここまできたんだし、試着くらいタダだよ。それに、無視したらお兄ちゃんうるさいし」
「……」
「今度、おいしいケーキおごるから!」
しぶしぶ、といった顔をしながら小松はうなずいた。こんなチャンスがない限り、自分の人生にこんな出会いはないだろうということもなんとなく分かっている。
(まるで、夢みたいだけど)
震える両手に下着を捧げ持って、小松は少女らしい期待ではちきれそうな胸にそっとそれ押しつけた。



走り出したにょこま妄想