16歳というのは実に不思議な年齢だと思う。 家に続くまっすぐな道をとぼとぼと歩きながら、小松は小さくため息をついた。 大人というにはまだ少し、でも完全に子供というわけではないこの曖昧な年齢が、いったいどれだけの16歳を無駄に傷つけているのだろうか。 (――ボクは) 小松は生物分類学上でいうと女性であるのだが、幼いころを男の子たちと犬の子供のようにくっついて育ったので一人称がわりとゆるい。さすがに年頃になってくると、周りがうるさく言い始めたのでできるだけ気をつけるようにはしているのだが。 (トリコさんち、行くのなんかやだなあ) たまに落ちている石ころを蹴とばして、少しでも億劫な気持をごまかしながら亀のように小松は歩く。 トリコというのは幼馴染の一人である。たまたま同じ学校に進んだために、こういった不意の連絡係に小松が使われることがよくあるのだ。 小松は教師から渡された連絡物や提出物などが入った封筒をぶらぶらさせながら、もうほどなくついてしまうであろう豪邸を思い出して、深くため息をついた。 「ああ、小松くん――久しぶり」 「……ココさん」 玄関を通され、待っていたのはトリコの上の兄であるココだった。正直、一番いやな相手にあってしまったという気持ちが素直に顔に出たのだろうか、こちらを見たココの顔がちょっと陰ったのに気がつくほど小松は大人ではない。 「お久しぶりです。これ、トリコさんに渡してください。先生が持って行けって」 大きな封筒をココに手渡した。むろん、ココも小松の幼馴染の内の一人である。が、彼一人年の差があったのでもう成人しているはずだった。こんな時間に家にいることは珍しいだろう。 「ああ、また部活の遠征だったっけ、迷惑をかけるね」 「いえ、どうせ帰り道だし」 「ありがとう」 ココが身動きすると、そのたびに甘い香りが空気中にふりまかれる気がする。それが本当に実体のある香りなのか、それとも小松だけが嗅ぎ取っている妄想のにおいなのか、それが判断できない。 (――だから、いやだったのに) 「じゃ、帰ります」 軽く頭を下げて去ろうとする小松にココの声がかかった。 「せっかく来てくれたんだし、お茶でも飲んで帰らないかい?――すっかりお姉さんになっていてびっくりしたよ」 振り向くと、ココが面白そうに笑っている。驚くほどきれいな顔をしているのが目を引く。小松は唇をかんだ。 かばんを引き寄せて、不自然にならない程度に首を振る。この美しい男とあの何度も子供のころ通った広いリビングに二人で差し向かいになるなど、拷問ではないか。 「そう、残念だね。――じゃあまたこんど」 「さよなら」 それだけをいい置いて、小松は足早に玄関を出た。しばらく走って、近くの家の塀の影にかけ込んで大きく息をつく。 (よりにもよって――ココさんが出てくるなんて) 鼻腔に残る甘い香り。 小松はココが好きだった。正確にいうと、いまでも。 子犬みたいに遊び戯れる子供たちのなかで、ココがいちばん大人で小松に優しかった。トリコの家の庭に生えている大きな木の根元で、よく本を読んでいたのを知っている。 涼やかな顔で、いつも優しく自分を見ていてくれた年上の男。 いまだ、小松は彼を越える男性に出会ってはいない。幼くして最高のものを見つけた自分は幸運だったのか、それとも不幸なのか。 やりきれぬ思いを押し殺してにじむ涙を指先でぬぐった。 苦い、ほんものの恋の味を味わいながら。 |