はやくその毒をください




「……小松くん」
切羽詰まって僕を呼ぶ、ココさんのセクシーな声。僕はそれを聞くのが好きだ。
動かしていた手を止めて見上げると、熱っぽく僕を見下ろす優しい目が瞬いた。ふいに頬を両手で挟まれて、形のよい唇が僕に向かって降りてくる。
優しいキス。でもいつもより――ずっと熱い。
切れ切れになる息の間にココさんの顔を盗み見ようとするけれど、近すぎて表情まで分からない。いったい何が?と思いはするが、降って湧いたこのチャンスを逃す気に、僕はなれない。
「あ……」
分厚い舌が僕の唇を割り開いて、緩やかに侵入してくる。ココさんのほうから、こういったことをしかけてくるのは本当に珍しいことだ。毒、という体質を気にして、触れることさえ拒絶されてきた辛い日々を思い出して僕は目を閉じた。
ぬるぬるとそれ自体が生きているような錯覚を覚えさせる動きで、僕の口腔をはじめはちょっと試すみたいにして――それから拒絶されないのが分かったら
遠慮なしに暴こうとしてくる。
僕は驚いてしまって、ただ口をあんぐりとあけてココさんの舌を受け入れて喘いだ。
(いつもと違う)
普段はそういう雰囲気になって来ても僕のほうからしつこくねだって軽いキスを繰り返してやっと、なのに今日はのっけからこんな調子だ。
期待に僕の小さな胸は膨れ上がった。だってそれは仕方ないだろう、好きな相手に求められている、と実感できたのは関係を持ってから、ほとんど初めてのことなのだから。
ベッドの上で胡坐をかいて座っていたココさんの足の間に座り込んで、せっせと服を脱がしていた僕は思い切って自分のシャツを振り落とし、膝立ちになってココさんの首に腕をまわした。
体のほとんどをココさんの広い胸に預けて、改めて僕の口の中を荒々しく動き回る舌を堪能する。どこか薬草のにおいのするココさんのキス。唇をこすり合わせると、僕を吸い上げて、強く噛みついてきた。じん、としびれるような痛みと、そして同じだけ湧き上がってくる喜びとにさいなまれ、たまらなくなって僕は身をくねらせる。
なだめるようにココさんの手が僕の背中に回って、そしてまたあやしく動き出した。上から下へ、脇から腰へ――それだけで、僕はもうイってしまいそうになる。腰を震わせると、もう一方の手が乱暴に僕の乳首をつまみあげて、その痛みでたちまち萎えた。
ふっとココさんが笑った感覚が伝わってくる。なんとなく恐ろしくなって、いったん身を引こうとすると背中に回された手ががっちりと僕をつかんで離そうとしない。
(――あ)
キスをしたままひざの裏に腕をさしいられた自分の体が持ち上がったのが分かる。そして、すとんとココさんの引き締まったももの上に乗せられた。訳も分からずにもがいていると、ぐっと背中に圧力がかかった。
「じっとして、逃げられると追いかけたくなる」
ぞくぞくと、首の裏の毛が逆立った。ココさんは僕を胸と足で挟み込んで動けなくしてしまっている。
この状態で逃げるなと言うほうが無理だ。僕はちょっとした恐慌状態になってじたばたと手足を動かした。すると、深いため息が聞こえてきて、僕を包む圧力がさらに強くなっていく。抱きすくめられているのだ――と理解するには少し時間がかかった。それは仕方のない話だと思う。ココさんがこんなに積極的に僕を抱きしめてくれたり、こうやって体ごと抱えあげたりしてくれることは、いままで本当になかったのだ。
「ココ――さぁん」
鼻にかかる甘い声。ももの上に乗って持ち上げられている格好になっているから、僕のしたにココさんの顔がある。目が合うと、意地の悪い感じで唇をゆがめている。
前に来た時は、こんなことはなかった。僕の来ない間になにがあったのだろう、という疑問はココさんの不埒な両手で封殺された。両手で僕のももの裏をゆっくりと撫で始めたのだ。
「は――」
ずるい、と僕は思った。ココさんの手は熱くて大きくて、僕の太ももをすっぽりと覆ってしまう。まるで僕の足にココさんの指の感触を覚え込ませるみたいな触り方をするので、たまらなくなって、また逃げようと体をずらすと、今度は膝にかみつかれた。
「ひぁああ!」
僕が頼りなく叫ぶのを聞いて、ココさんはくつくつと肩を揺らして笑っている。何だが僕一人で騒いでいるのが悔しくなって、ココさんの頭に手を差し入れて、その短くそろえられたしなやかな髪の毛をかき混ぜた。
そして、僕の動揺を少しでも理解してもらうためにココさんの少しだけ長い前髪のひと房に舌をからめて唇で引っ張った。
「こら、君は本当に理解できないことをする人だな」
「ココさんが意地悪するからじゃないですか」
憤懣やるかたない思いを込めて僕はつぶやいた。ココさんが上目使いで僕をじろりと睨んでき、そのまま僕の首をつかんでぐっと乗り上げてくる。
(え――)
目を丸くしている間に、ココさんは器用にベッドの上に僕を寝ころばせて、その上にのしかかった。見上げれば、揺れる黒い瞳がほほ笑みをたたえて僕を見つめている。
「意地悪するのは僕じゃなくて――君のほうだろう?だから、これはお仕置きだ」
ぎゅうっと僕の体の上にココさんが覆いかぶさってくる。逃げ場はない。ベッドの上に張り付けにされるように両手は塞がれて、足はココさんの足の間に挟まれていた。
「ココさん、どうして……」
それ以上は言葉にならなかった。ココさんの重さは僕の肺を圧迫して、呼吸さえ危うい。けれど、それでも僕は湧き上がる喜びを押さえることはできなかった。
(まるで――)
(恋人同士みたいに。ココさんが優しい)
僕はこみ上げてくる涙を止めることができなかった。何とも情けない声をあげながら泣きだした僕を見て、ココさんが驚いたように息をのんだのが体越しに伝わってくる。こんなにどこもかしこもぴったりとくっついていたことなんかなかったから、僕は感動と戸惑いと喜びとが混じり合った涙を流した。






この命果てても