「いい湯だなあ」
ココさんとハントの途中に見つけた天然の温泉につかりながら僕は長いため息を吐いた。ちょっと熱い温度が、体の疲れをほぐしてゆく。陸地で膝を立てて僕を見守るココさんに手を振った。毒が漏れるかもしれないから、一緒につかるのを遠慮してるんだろう。
(なんて、もったいない)
自殺願望などはないが、この気持ちよさをココさんと共有したい。僕が考えたのはそれだけだ。ココさんを呼ぼうと立ち上がった瞬間、不安定な底石に足を取られて頭から湯に突っ込んだ。
(――だれか)
ばたばたともがいて、顔を上げようとしてもつるつる滑る苔かなにかが僕の足を取ってなかなか浮きあがることができない。苦しい、だんだんと頭はゆだってきて、考えることも億劫になった。
「小松くん!」
遠くに聞こえる、悲痛なココさんの声。そのあと、どぼんという音とともに僕の体は宙に浮きあがった。
「――この、馬鹿!」
チクリってレベルじゃねーぞ!僕は心の中で毒づいた。見上げると、燃えるようなココさんの瞳。青ざめた顔が、ぎりぎりと僕を睨みつけている。怖い。
「……は」
慎重に息を吸い込んで、僕は冷静になろうと努めた。三回深呼吸を繰り返して、ようやく落ち着きを取り戻した。
くちゅん。
冷たい風が僕の体を冷やしていく。ココさんがあからさまにむっとした顔をして、それでもため息をつくとゆっくりと僕を湯の中に戻し始めた。
暖かい湯の中で僕の体が緊張を解いていくのが分かる。肩を伸ばそうとして、まだ僕を離そうとしないココさんのしなやかな腕に気がついた。
「助けてくださって、ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですから」
離してもらって結構ですよ?というニュアンスを十分含んだつもりだったのだが、ココさんは固い表情のまま僕を抱きかかえたままだ。
「危なっかしくて、とてもじゃないが動く気にはなれないね」
「でも、服着たままになってますけど…」
「……」
「せっかくの天然の温泉なのに、リラックスしないのはもったいないですよ」
「……」
「ココさん?」
「リラックスしすぎて、頭からその温泉に飛びこんでしまうような君に言われたくはないね」
なんだか、今日のココさんは3割増、毒がきついような気がする。僕は肩をすくめてもうそれ以上言うのはやめた。
「――これは完全な防水になっているから、気にしなくていいよ」
僕が黙ってしまった代わりにココさんが話しだした。
「ほんとうはこうやっているのも勇気がいってね。僕の毒は、体液の流れが良くなるとその分制御しにくくなるから――でも」
いったん口を閉じて、ココさんはボクを抱えなおした。体の向きが変わって、僕はココさんに背中から抱きしめられている格好になる。
「人と温まるのも悪くはないね」
ふっと長い息を吐いたのが分かるくらい、僕の頭はココさんの胸に近くにあった。肩にココさんの小さな頭が乗ってくる。
ちらり、と目をやるとぼうっとした瞳が僕を見ていた。
「いつか、ココさんのその服を脱がせられるよう、精進しますから」
僕が明るく言うと、呆れたようにココさんが目を閉じた。
「――君も趣味が悪いね」
「そんなことないですよ。僕、自分で言うのもなんだけど、結構いい趣味してると思うんです」
うろんそうにココさんが目を開けた。無言で続きを催促されているような気がして、僕はココさんにほほ笑みかけた。
「だって、僕――ココさんのこと好きですしね」
「……」
はた目から見ても分かるくらいにココさんの顔色が変わった。ぼっと頬が赤く染まったのはのぼせたからではないに違いない。
何度か口をあけて、ココさんがやっと絞り出したような声を出した。
「やっぱり、君の趣味は良くない、と思う」
そう言いながらココさんはぐい、と僕の頭を引き寄せた。
暖かく潤った唇が、僕のものに覆いかぶさってくる。それにあらがうこともしないで、ようやく訪れた安らぎに僕はゆっくりと身をゆだねた。