「お帰りなさい!ココさん――ずいぶん早かったですね」
ドアを開けると、おいしそうなにおいと暖かい空気が一面を満たした。
ココはいまだぼんやりとしながら、小松を見下ろした。帰りついてしばらく、窓から見える小松の姿をじっと見つめていたのだ。それに焦れたキッスが早く家に帰れというふうにうるさくさえずったので、ココはしぶしぶ玄関に近付き、さらに催促のくちばしが執拗に迫るのを感じて仕方なく家に入ったのだった。
入るとすぐに、気配に気がついた小松が駆け寄ってきてあれやこれやと訪問の理由を述べるのを押しとどめて、ココはようやく平静を取り戻した。
「ああ、今日は予定さえ終われば早じまいしたかったし――時間があれば、行きたいところがあったんだよ」
(おかえりなさい)
この家に来て、初めてかけられた言葉を反芻しながらココはマントを脱いだ。
「ええっ、もしかしなくてもボクお邪魔でした?」
なぜかお玉をつかんだまま玄関先に立つ小松の顔が蒼くなった。ココは笑って首を振った。
「行きたいところにはもう行けたからいいんだ。僕はね、君の所へ行こうと思ってたから」
「……」
ココがそういうと、小松の顔がぱっと赤くなった。
「イ、イケメンがっ、そんなこと言ってえ。ボク聞きましたよ!有名なグルメ女優がココさんのところに占いに来てるんですって!それにたくさんの女の人が列を作って待ってましたよ」
「ええっ、そうなの?」
「そうなのって、お客さまなのにココさん覚えてないんですか?」
ココはちょっと考えながら答えた。
「お客様といっても、僕は彼らの電磁波を見るし――あまり女性とか男性では区別しないようにしているんだ。結果に影響するかもしれないからね。それに、この家にはテレビなんかないから女優が来てたからってぼくにはわからないんだ」
「――そうなんですか」
どことなくホッとしたようすの小松の姿を不思議に思いながら、ココは手荷物を前に押しやった。
「これ、お土産。さすがにこれを持っていくのを理由にいまからホテルグルメじゃ遅いだろう?だから、君が僕の家にいるのを見たとき、ちょっと驚いて――」
「これ、虹の実じゃありませんかあ!」
小松が品のない大声をあげてココを見上げてきた。
「うん、例のIGOからの依頼客が持って来たんだ。すごいよね。切れ端だし、天然じゃないにしろそういうものをポンと持ってこれるくらいの人だったってことだ」
持って帰ってトリコとでも食べるといいよ、と続けるつもりが小松の熱い目に阻まれた。
「ちょっと、時間をください!ココさん。ボク、ちゃんと調理して見せますから!」
そう言うと、小松はキッチンへとかけ込んでしまった。肩すかしをくらったような気がしてココは床に膝をついた。
(こうなる気はしてたけど)
くくく、と笑いがこみあげてきた。小松の料理に対する情熱は知っているが、貴重な食材を見つけた時の瞳の輝きがあんなに強いものだとは思いもしなかったのだ。
どことなく暖かい家のなかで、ココはすっかりリラックスしてしまっている自分に気がついて、ため息をついた。
(トリコ――今……僕は初めて、お前をうらやましいと思うよ)
小松が家の中で懸命に料理をしている姿を見たときにか、それとも、家の中に入ったとたん駆け寄ってきて迎えの言葉をかけられた時なのか、それは分からない。
およそ、いままでそんなことをする習慣がなかったから、答えるだけのすべを持たなかった。

出かけるのも一人、帰ってきても一人。
(さみしいとは思わなかった。それはほんとう)
(おかえりなさい――たった7文字が僕の心をふるわせる)
ゆっくりと立ち上がって、ココはキッチンへと歩いた。そこには鬼人のように働く小松の姿があるだろう。
(ねえ、小松くん)
小さな家のなかをまるで宝物を探すみたいにココは歩いて行く。
(――君を好きになってもいいのだろうか)
なぜ彼なのか、という疑問は吹き飛んでしまった。トリコのコンビだとか、男なのだ、という一切のことがどうでもよくなった。
ただ、彼がこの小さな家で暖かい料理を作ってココの帰りを待っていてくれた――それだけが、事実なのだ。
キッチンからバタバタと走り回る音が聞こえてくる。
(ただ、それだけのことが、こんなにも、嬉しい)
キッチンへ入ると衝動のままに、忙しく働く小松を捕らえ強く抱きしめた。
じたばたともがきながら、こちらを見つめる小さな目はココの姿を映してくるめいている。
極上の頬笑みを浮かべると腕の中の小松が静かになる。自分の容姿については研究済みだ。どの顔がどんなふうに影響を及ぼすか、実はココが一番よく知っていて、だからこそ人の美醜には興味がないのだ。
「ただいま、小松くん」
そのまま、ゆっくりと顔を近づけて小松の唇を奪い取った。












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