「ついたよ、ユン」 ピンク色のペンギンの手を引いて、小松はプラットフォームに降り立った。 かわいらしい鳴き声を上げて、ユンはぱちりと目を見開いている。そして、いつもやるように小松の体に抱きついた。 「前ここに来た時は、お前はまだいなかったものねえ。――今日はずいぶん人が多いな」 屋根だけの簡素な駅から降りてすぐに噴水のある広場があって、そこには男女関係なくたくさんの人が憩いの時を過ごしている。以前この地に来た時は、ちょうど猛獣の出る時間帯でもあり、ほとんどひと気がなかったので小松はほっと息をついた。 そういえば、鉄道に乗りこんでいたのもまえは後ろ暗いようなこわもての人ばかりだったのに、今回は家族連れやカップルなどが多かったように思う。 (将来の夢や未来や――恋の占いなんかもやっているのかな) 仲良く腕を組んで去っていく恋人同士の姿を目で追いながら小松は笑った。 よく見ると、この街のシンボルなのか、そこかしこに占いで使う水晶を模したオブジェが置かれていて、日にあたると眩しく光る。そんなことさえ、気がつかなかったほど以前は切迫していたのだ。 ほたほたと歩くユンを気にしながら、荷物を背負いなおした。朝一番に市場へ行って買い込んだ食糧が満杯に詰め込んであるリュックはいまにもはちきれそうで、はやる心を映し出しているようにも見える。 「さあ、ユン行こうか。あんまり遅くなると一人じゃ帰れなくなるかもしれないからね」 返事をするように一声高く鳴きあげて、ユンが走り出した。 「あっ、こらこら。勝手にいっちゃダメだってば。この町はこわーい猛獣が出るんだよ」 あわててそれを引き戻す。昔の自分をみるようで、なんだか照れ臭い。トリコやココもこんな気持ちで自分の暴走を止めていたのだろうか、などと考えてまたちょっと照れる。 (あの頃から考えると、僕の運命もずいぶん思わぬ方向に転がり出しているようにも思うけど) 大通りに入ると、街の喧騒がますます増し、小松とユンは人の波をかき分けて歩かなければならないほどの混雑に巻き込まれた。 「ちょっと、聞きました?最近有名になったグルメ女優――ココ様に会いに来てるらしいって」 「ええっ、でもあれはただの噂でしょう?ココ様は特定の相手は作らないって」 「そのグルメ女優もココ様よりきれいじゃないじゃないの」 「押さないで」 「アタシとココ様の今後を占ってもらうザマス」 「今後って何よ、いままでもなにもないくせに」 どうやら、ココの店に並んでいる行列のなかに入り込んでしまったらしい。女性のほうが多いこの並びで、小松の頭の上をさまざまなうわさ話が流れていく。 くすくす笑いと、ささやき声があたりを満たしていく。おしろいと香水の入り混じった不思議なにおい。抱きかかえていたユンがくしゅん、と小さくくしゃみをしたので小松は慌てて列を離れた。 (これって、みんなココさんのことを言ってるんだろうか) (僕の知ってる人となんだか違う気がするけど、たぶんそうなんだろうなあ) 小松やトリコと一緒にいるときの、年相応の青年の顔からは全く想像できない、ココの占い師としての世界を垣間見たような気がして小松はちょっと息をのんだ。 (ひえええ、僕にはついていけないけど) (きっと、ココさんならうまくあしらえてしまうんだろうなあ) 動揺しないように心がけて、そっと街を離れるために足を動かす。変な行動を起こすと、聡い相手はきっと小松の動きに何らかの予兆を読み取ってしまうだろう。 (そーっと、そーっとだ) 年甲斐もなく、真剣な鬼ごっこをしている気分になって、小松は噴き出すのをこらえるためにユンの体を必死になって抱え込むしかできなかった。 さんざん時間をかけて、街の外れにたどり着いて、ようやく小松はユンの体を降ろした。そして、こみ上げてくる笑いを我慢することにも疲れていたので、思いっきり噴き出した。 (あの人たちに、僕が今から行く場所を知られたら) (八つ裂きにされてしまうかもしれない) ユンが小松の体の周りをぐるぐると回って、ぴょんぴょん飛びはねている。笑っているから、楽しいことがあるのだ、と思っているのだ。 「ユン、こっちおいで」 しゃがみこんでユンの体をそっと抱きしめた。やわらかな羽根と暖かい体が小松を落ち着かせていく。そのまま何度か深呼吸をして小松は勢いよく立ちあがった。 「よし、もう少しがんばれば、すぐそこだからね。キッスを呼んで連れて行ってもらおう。――お前はお行儀よくしているんだよ。キッスは賢いから、きっとユンをかわいがってくれるからね」 どこへ行く、とは独り言としても小松は口にしなかった。万が一、ということもあるし、ココの名前をみだりに出してはいけないのだ、ということが小松には肌で感じられたのだ。 (僕の知らない世界――ココさんの住んでいる世界) なんとなく、見てはいけないものを見てしまったような気が、小松にはした。 |