迫る夕闇の影がゆっくりとあたりを包んでゆく。 害獣におびえる街は常にひっそりとしていて、その静けさはココの心を和ませた。 まれにすれ違う人影があっても、常の人には闇に眼がくらんで自分の姿までは確認できないだろう。毒壁を張り巡らされた家々の間を素早く行き過ぎながら、ココは自嘲気に笑んだ。 (やはり、移動は夜に限るな) 昼間などにうっかり店の外へ出ると、なにが楽しいのか分からないがやたらに構いに来る女性たちがいるし、ヘタをすると男女関係なく周りを取り囲まれて、大変な目に会うからだ。 この占いの街でココの腕はいつからか評判をとるようになった。どれくらい前にこの町へやってきたのかも定かではなかったが、どこで噂を嗅ぎつけたのか店には彼の占いを求める客が日々押し寄せてくる。 今日も朝から長い行列をさばき、最後の一人を見終わったのがつい先ほどだ。 (――今日は、おしいことをしたかもな) 仕事終わりの程よい疲れを感じながら、ココは小さく息をついた。 手には最後の客があいさつ代わりに置いて行った非常に希少な食材があった。そもそも、今日はこの客のために貴重な時間を費やしたのだから、それくらいで腹は癒えない。 (本当は、小松くんと約束をしていたはずなのに) IGOからの特別のつてをたどって紹介された客の電磁波は確かにあまり見たことのない波長をしていて、見えたままをストレートに伝えた相手の反応をもう覚えてはいない。 ココにとってあくまで客は意識の外にある。ひとつひとつの結果にとらわれると、自分にとって良くないことを長い時間から学んだのだ。 (――それより) 町の外に出て、なだらかに続くむきだしの地面を踏みしめ家路を急ぐ。 今日は、本当なら、料理人の小松との約束の日であったのだ。 ココの古い馴染みでもあり、不本意にもグルメ四天王の名の一角を共有するトリコを介して彼と知り合ってもうしばらくが経つ。 最初に見たのは、彼の死相だった。それまでも人の死を感じることはままあったが、それがあまりにも強烈に「視え」たので、しばらく遠のいていたハントへ同行したのがきっかけである。 ココ自身でさえ疑問に思わぬほど小松の存在はやすやすと入り込み、旅の最後には気軽にスキンシップを許すまでになった。 それは本当に、珍しいことだとココは思う。 あらゆる危険から自身と人々を守るために、徹底的に己を知らぬ人間とは距離を置くココである。それはかつて第一級危険生物に指定されそうになったせいでもあるし、またどんなことでココの体に潜む毒を研究したいと狙うものが復活せぬとは限らないからだ。 そんなココではあったが不思議と小松とは馬があい、いつしかトリコを伴わぬハントを共にしたり、新しい料理に助言を求められて会う機会があった。 そのたびに、彼の味わう新しい世界のみずみずしい息吹を間近に感じ、また素直で誠実な小松という人間の持つ個性に魅了されていくのをココには止めることができない。 お互い忙しい身の上であることは承知している。 それほどたくさんの行き来をするわけではないが、いまではどちらもが気兼ねなく連絡をとったりささいな贈り物をしあえる仲にはなったのだ。 そんな中、空いた日ができたのか小松がココに連絡を取ってきたのは昨日のことである。 トリコとのハントの予定もなく、立て続けに忙しい日が続いてやっと落ち着いたのでと受話器の向こうの声がどことなく弾んでいたのを心地よく聞きながら、その誘いを受けることができない自分にも焦れていた。 ココはIGOとは距離を置いている。トリコなどとは違い、どうしても研究材料になりかけた――あるいはかつてなっていた――記憶がまだ生々しく、おいそれと関わる気持ちになれなかったのもあった。しかし、最小限の繋がりだけは、利用されない程度に保っている。IGO側もそれを重々承知していたのだろう、積極的にココに関わってこようとはしなかったが、今回だけはと強烈な横やりを入れてその日に占いの予約を強いてきていたのだ。 どうやら、彼らの大切な顧客であるらしいその人物がココの占いを所望したのだという。意に染まぬ依頼なら断りもしたが、さしものココも一龍会長の肝いりでは呑まざるを得ない。 苦渋の決断をしつつ小松にその旨を伝えると、彼もまたIGOの経営するホテルグルメの料理長だったのでココの心境を汲み取って、残念ではあるが次の機会を待ちましょうと約束を見送ったのだった。 (これを理由に、今から訪ねて行くのはさすがに時間が悪いな) ずっしりと重い手荷物を抱えなおしてココはため息をついた。もうずいぶん暗い。小松の休みがいつまでなのか確認をしなかったから、明日が仕事ではかえって彼の邪魔になってしまう。 (小松くんなら喜んでくれるだろうけど) たとえ深夜に突然押し掛けたとしても、彼ならば笑顔で出迎えてくれるだろう。そういう人柄なのだ。だからこそ、余計な迷惑をかけるのが忍びなくもある。 悩ましく煩悶のため息をつきながら、ココは最後の一歩を登りきった。 |