泣きそうになって、僕は大きくため息をついた。 「小松君」 ココさんのやさしい声。 そっと、まるで何かをひどく恐れているようにおずおずと、大きな手が延ばされてくるのが見える。そして、僕の手に触れる寸前で思い直したようにその動きは止まった。 (――ああ) 申し訳なさと自己嫌悪と、ハントの肉体的な疲れと火傷の痛みがいっぺんに襲いかかってきて、今度こそ本当に大粒の涙がこぼれ落ちた。 (ずるい、なんて――ほんとうに僕はばかだなぁ) グルメ細胞が神の祝福でなんかないことは、四天王を間近で見てきた僕が一番知っていることじゃないか。 トリコさんはほんのわずかな空腹が死に直結することもある体だし、サニーさんは鋭敏な触覚のせいで苦しんでいると言っていた。 そして、ココさんは―― (今の僕は毒人間……品のない最たる存在だな) かつて、彼が悲痛な笑顔でつぶやいた言葉が忘れられない。 誰よりもやさしい人なのに、こうやって救いの手を差し伸べることすらも躊躇させてしまうほどの毒が彼の体にはある。ただ、触れるだけでも作用してしまうから、誰も傷つけたくないから、彼は人を寄せ付けない辺境に居を構える。 (水清ければ魚棲まず!でしょ、ココさん!) 目の前に差し出された大きな手。この手は強い敵を倒したり、僕を心配してくれる繊細な手だ。 「小松君!ダメだよ、手を離して――君を傷つけてしまうかもしれない」 ココさんの慌てた声。動揺が手のひらから伝わってくる。僕はそれにかまわず、両手でココさんの手を握りこんで、そのまま頬に押し当てた。温かい手のひらは僕の顔はんぶんをすっぽり覆ってしまうくらい大きい。 (この優しい手が、ココさんが――人を傷つけるはずがないんだ) 人に聞かれると傲慢だといわれるかもしれない。けど、僕には確信があった。 「火傷、痛くないかい?」 「……実はひりひりします」 変に抵抗すると逆によくないと思ったのか、ココさんは僕に手を預けたまま聞いてきた。タオルを離したのとココさんの手が暖かいので痛みがぶり返してきているのだが、我慢できないほどじゃなかった。 「すぐ薬を作るよ、だから離してくれるかい?」 口調はやさしげだが、目が笑っていない。いかにして僕の手を振り払うかを考えている冷静な目だ。いつも見せるよそ行きの顔じゃないのがなんだか楽しくて、僕はふきだした。 「小松君、笑い事じゃないんだ。ほんとうに危ないから手を離して」 ココさんの手にぐっと力が入るのが分かった。やる気なら、僕なんかそれこそ一息で家の外まで吹っ飛ばされてしまうだろう。けど、ココさんはそんなことする人じゃない。だから、 「いや、です!」 僕は立ちあがって、ココさんの腕にしがみついた。ココさんの全身がびくん、と震えるのが分かる。 「どうしてそんな聞きわけがないんだ!僕だっていい加減怒るよ!」 「もう怒ってるじゃないですか!でも、僕は離したくないんです」 「……」 ぐっとココさんが押し黙った。それと同時に、ココさんのもう一方の手が僕のあごの下に入って来、無理やり引きはがそうとしてくる。僕は必死になってあらがった。言葉でダメなら、力でというわけだ。 なぜこうまでしてココさんの腕にしがみついているのか分からない。優雅なティータイムを過ごす予定だったのに、せっかく入れたハーブティーはすっかり冷めて僕の滑稽な姿をそのコップの縁に映し出している。 (理由なんてなくて、でも) 「痛っ……!」 さんざん抵抗した末に、やっぱり力の差はどうしようもなくて、僕の体はとうとう小さな放物線を描いてテーブルのわきへ落ちた。 |