ココさんの家は小高い山のてっぺんを平らに削り取ったところにある。この場所は全ての喧騒から遠く切り離されていて、大地よりも空と雲のほうが近いほどだ。 日はまだ高く、空は明るく輝いていて、まるで理想の休日を絵にして切り取ったみたいに見えた。 窓の外でテリーとユンはキッスと仲良く遊んでいる。 「小松君、大丈夫?」 「……は、はい」 ひりひりと痛む顔をぬれタオルで冷やしながら、僕は自己嫌悪で小さくなった。とっさにココさんから顔を隠したくて、ポットを使ったら火傷したのだ。お茶は無事だったからよかったものの、本当に恥ずかしい。穴があったら入りたいというのはこういうことを言うのだろう。 ともかくも、結果的には目的を果たしているのがさらに悲しさを増した。 「もう少し痛みが引いたら薬を作るよ。ちょっと我慢して冷やしていてね」 ココさんは僕を冷やかすことは口の端にものぼせなかった。慌てて僕の手からポットを奪い取って、流れる水の下に僕の頭を押しこんだあとは、黙って冷えたタオルを渡してくれただけだ。 「そんな、大丈夫です。僕の不注意でこんなことになったんだし――どじで、情けないなぁ」 自分との何とも言えない差になんだか傷ついて、僕はタオルの間からココさんをちらりとうかがった。 「バカなことを言っちゃだめだ。君をそのままで返すなんて考えただけでぞっとするよ。頼むから、僕の言うことを聞いてくれないかな」 強い口調でココさんが言った。その姿は真摯で、やっぱりカッコいい。男前は何をしていてもカッコいいんだな、と変に納得しながらこちらの表情が見えないのをいいことに僕はいつもは照れ臭くてまともに見つめることのできないココさんの顔をじっと観察した。 痛い思いはしたけど、いいチャンスかもしれない。罰当たりなことを考えながら、僕はほくそ笑んだ。 「あとが残らないといいんだけど」 「僕の顔に多少なにかあったって、平気ですよ!ココさん考え過ぎですってば。今日のは確かに僕の不注意でしたけど、仕事場ではもっといろいろあるし」 タオルの向こうで沈んだようにつぶやくココさんが気の毒になって僕は言った。やさしい人だから、きっと僕のやらかしたどじでも悲しんでくれているのだろうと思う。 「ココさんみたいなイケメンならともかく、僕の顔なら多少は大丈夫」 「小松君!」 僕の言葉を聞いたココさんは口調を荒げて僕に迫ってきた。テーブルをはさんで向こう、タオルの壁があっても黒く輝く双眸で見つめられたら、落ちない女子はいないだろう。 (すごい、男前って怒っててもカッコいいんだ) 僕は息をのんで、眼の前のココさんと真っ向から見つめあった。 よく考えれば、普段こんな至近距離で人と話すことはないだろう、というくらいの近くにココさんの顔がある。今日はターバンをしておらず、いつもより3割増しワイルドに見えた。 (――きれいな顔) ココさんから目が離せない。彼にこぞって熱を上げるファンを僕は否定できなかった。 広く、理知的に見える秀でた額からきゅっと釣り上った男らしい眉。その間をすっと通った高い鼻と、薄い唇は否応なく酷薄に、彼の顔を見せるための効果的な配置だった。 なめらかな肌の上には傷一つない。恐ろしく貴族的な顔立ちをしているにもかかわらず、髪型には全くこだわりがないのか、ざっくりと刈られたつややかな黒髪が顔のまわりを縁取っている。 いつも冷静であまり感情をあらわにしないココさんが、怒っている顔をしているのもかなりレアかもしれない。 「タオル代えようか?」 怒った顔のまま、ココさんは僕に新しいタオルを差し出してきた。ありがたく受け取って、痛む部分をおお隠すと、ココさんは憮然として言った。 「君が才能のある料理人だってことは知っているよ。でも、僕の見ているところで君にけがをされるのはごめんだ。そんな傷は僕らなら大したことないって言えるけど、君は自分を軽く扱いすぎるところがあるね。僕はそれが本当に怖くて――恐ろしくて……トリコが君を危険区域に連れ出す気持ちが分からない。もし、万が一があったらと思うと、僕はそれが怖くてたまらないんだ」 最後のほうはほとんどつぶやいているくらい小さな声だったので聞き取れなかったけれど、ココさんが僕を心配してくれていることは分かった。 けど、それよりも眼を伏せているココさんのまつげの長さが気になって仕方なかった。あんなに長くて、邪魔にならないのかなとか、なにを食べればこんなふうになれるんだろうかなんて考えていたから、自分自身のことはどうでもよかったのだ。 (グルメ細胞って、顔もよくする成分があったりして) ちょっとそれはなんだか、ずるい気がする。僕はいじけた気分になってタオルに顔をうずめた。そういえば、トリコさんだってサニーさんだって、表現に差はあるけれどみんな美しい人ばかりだ。 トリコさんは野生動物の潔さと精悍さを持っているし、サニーさんは誰が見ても文句のつけようのない大輪の花のような人だ。 もう一人、僕の知らない四天王がいるけれどきっとその人も美しい人なんだろう。 (強くて、体も大きくて――顔まできれいなんて、なんだかそれは……) 特徴といえば横に広がりすぎている鼻と料理にかける情熱をしか持っていない自分との差に、とまどいを覚えながら僕はタオルをつかむ手に力を込めた。 「……小松君?」 僕の沈黙に何かを感じ取ったのか、ココさんがやさしく声をかけてくれる。それがさらに僕を卑屈にさせ、素直に返事を返すことができなかった。 |