永遠を祝福する鐘の音が静かに響き渡る。

「ちょっと、ココさんなんかボクくすぐったいんですけど」
「もう少しだけ我慢して――小松くんだって、いつまでもその格好は辛いでしょ」
「……」

白いウエディングドレスに身を包んだ小松は、そろいのデザインの燕尾服を来たココに抱き抱えあげられている。
雑誌の写真の撮影になぜか巻き込まれて、なぜか女装させられて、なぜかふたりで逃避行のように人目を避けて建物の奥に進んでいた。

「なんでボクが女装させられてるんでしょうかね」
「うーん、それはボクにも分からないけど。モデルさんの間でちょっともめたらしいよ。小松くんは運が悪かったのかなあ」
「ココさん一人でも十分、鑑賞に堪えるのになあ。ボクを巻き込んだらフィルム台無しになりそう――いくら顔が出ないって言ってもやっぱり男っての分かるでしょう。腕とか喉とか」
「そんなことないよ。すごく似合ってる」
「それって男としては結構、複雑なほめ言葉です」

むっと眉をひそめて小松はつぶやいた。小さいからかわいいとかそういうのはあまりうれしくない。

「でも、ボクはこういうチャンスがすごく、うれしい」

にっこりと照り映えるココの笑顔。まともに見たら、きっと目が潰れちゃう。小松は一人ごちた。

「ココさんもすごく男前ですよ」
「そう?なんだか、ひどく飾り立てられたカラスみたいだよ」

憮然として唇を尖らせる顔が、あまりにも普段見ることがない表情だったので小松はぷっと吹き出した。

「女の人は大変だな。こんな思いをして、好きな人の前に立つんですね」

腰を締め付けるコルセットをなでて小松は言った。顔にもべとべとと塗りつけられたし、足もストッキングでぎゅうぎゅうに苦しいし、スカートの下に隠れているけどご丁寧に白いハイヒールまではかされているからだ。

「そうだね。女の人はすごいね」

ふたりは雑誌の企画で、かりそめの誓いを立てたのだ。何の酔狂か指輪まで用意されていて、お互いの指にはめさせ合ったりもした。
もともと小松はホテルの料理についての取材も兼ねていたので、テーブルセッティングのようすを見に現場に降りて来たのが運のつき。
複雑なご縁でつきあいのある、業界人のティナの肝いりのこの企画。相手役を務めるモデルが決まらなかったということで、たまたまその場で一番体が小さかった小松に白羽の矢が立った。


「ココさんがまさか、こんな企画に出ること想像もできなかったけど」
「うん。ボクも――まさか、こんなにうまくいくとは思わなかった」

この仕事を受けるといいことがあると占いで出たので、とくすくす楽しそうに笑うココの言葉に、どことなく落ち着かない気持ちになったが、まあそれも仕方ないか、と小松は笑った。
小さな白い手袋に包まれた小松の手が、ココの胸の上でかすかにふるえている。
真珠のネックレス、頭には花かんざし。ココの胸のコサージュとおそろいの、青いバラだ。
(――花言葉は不可能)
ひやりと背中を汗が伝い落ちた。
恐ろしいことをしようとしているのかもしれない。悪ノリで、その場のノリで。でもいたって真剣に、ふたりは愛の逃避行。
仕事も使命もなにもかもをうっちゃって、ただ走りだした。
相手がこんなちんちくりんで良かったのか、なんて疑問を挟む余地がないくらい、ココは本当にうれしそうに笑っている。そう、どんな偏屈が見ても、幸せなんだなあと思わせる顔でほほ笑んでいるのだ。だから、それを見る小松もココが幸せそうでうれしい。

「ねえ、ココさん」
「なんだい?」

撮影が終わって、でも撤収には時間があって。結婚の誓いを済ませたふたりはなんとなく教会の隅でコソコソしてしまった。
本当のものじゃないと分かってるけど、でも完全な嘘じゃないから。
ティナに了解を得て、どちらともなく手に手を取ってそのままの格好で走りだした。
ドレスのすそが長すぎて、ココに抱き抱えあげられた時は、あまりのドラマチックさに周囲からわっと喝采の拍手が起こったほどだ。

「永遠の誓いはしましたけど、ボクもらってないものありますよ」
「――ええっ」
「ぼくからあげてもいいですか?」
「うん。もちろんだよ。小松くんからもらえるなんて嬉しいな」
「じゃあ遠慮なく」

えへへ、と少しだけ照れ笑いして小松は唇をなめた。普段は白く大理石のように美しいが、すこし人間味のないココの頬も今日ばかりは上気してとても健康的に見える。

「――!」

小松はぐっとくちびるを押しつけてココの薄い唇に吸いついた。体を持ち上げているココの手がこわばった。おとされるかもしれないという恐怖で、小松はココの首にしがみついた。
それでも唇は離さない。
どんな顔をしているか見えないけれど、きっときれいなんだろう。愛の誓いは熱烈なほうがいい。

「病めるときも、すこやかなる時も、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「命懸けて」

吐息を奪いあいながら、ふたりは互いの唇に誓いの言葉を重ねていく。

「もう、誓ったし指輪も交換したんですからぼくたち夫婦ですよ」
「うん。誓いを破ったら小松くんのこと、水平線の果てまで追いかけるから」
「怖い!」
「ぜったい離さないよ――本当は前から決めてた」

ココが足を止めて、小松を宝物のように捧げ持った。

「愛してるよ。小松くん――ボクは命をかけて、誓いを守るよ」

誰も知らない愛の逃避行は、廊下の角で終わりを告げた。












ツイッターで流れてきた絵に感銘を受けて、突然書きだした思い出。