ココさんの唇が小さく震えている。 ボクはそれを見て、ちょっと力を抜いた。緊張しているのはボク一人ではないのだ。 おそるおそる手を伸ばして、ココさんの冷たい体をさぐる。 たくましく鍛えられた、しなやかなからだ。世の常の人とは全く違うのはボクにだってわかる。 びくん、と一瞬だけ大きく揺れて、それでもボクのやりたいようにさせてくれるのがココさんの優しさだと思う。 闇に半分どと隠れてしまった綺麗な顔を見上げると、そこにはまるでおびえてでもいるかのような奇妙な表情が浮かんでいた。ボクはそれに向かってほほ笑んだ。 いつもは毒を吐く唇が月明かりに震えている。 あんなにボクを翻弄したくせに、そんなの卑怯じゃないか!とボクはかすかな憤慨さえ覚えながら、高さのある膝の上によじ登った。こんなことが許されるのは、ボクくらいだろう。 世の中の女性が、どれほど望んでも許されない場所にボクはいる。 そのことにはしたないくらい優越感を抱きながら、ココさんの裸の胸のそっと身をもたせかけた。伝わってくる脈動がどれほどの血流を生んでいるのかボクには分からない。 ふ、と長い吐息をこぼすとココさんの手がボクの肩にかかった。大丈夫です。怖くなったわけじゃない――いや、ある意味怖いのかもしれないけど。 そうひとりごちて、ボクはココさんの手に自分の手を重ねて、そのぬくもりを十分に味わった。見上げれば、ぎらぎらした瞳がボクだけを映しこんでいる。 それを見た瞬間、ボクの体に奇妙な渦が生まれた。凶悪な、と言っていいくらいの衝動。体の中がねじれておかしくなるくらい、激しい力にボクは小さくうめいた。 ココさんは、ボクに欲情しているのだ。というまごうかたなき事実がボクの体に変化をもたらした。熱い渦はボクの下半身をねっとりとおおい尽し、へその下に軽い痛みを与えていく。 我慢できないほどではないが、長く続くとつらい痛み。 それから逃れようとココさんの膝の上で身をよじった。すると、体の位置のせいかペニスをこすりつける形になってしまう。それでも痛みはおさまらない。 なんとかして欲しくて、口を開いてココさんを見つめた。きつく縛った布袋から空気が漏れるみたいなシューっという音が聞こえて、やがてそれがココさんの口から出ていることに気がついたボクは彼に向って再び優しくほほ笑んだ。 捕食の瞬間、ボクには全てがスローモーションに見えた。 ココさんが飛びかかってくる姿も、張り出した額から落ちる汗がボクの肩にしたたりおちたのも。シーツの日だがココさんの膝にまとわりついて、少し身じろぎしたことも全部。 けれど、声を出す余裕はなかった。 あっという間もなく、景色だけがゆっくりとボクのそばを通り抜けて行った。 ココさんの揺れる前髪。深く刻み込まれた眉間のしわ。長いまつげに隠された猛禽の瞳。 ああ、ボクはそれをどんなに待ち望んでいただろう。牙にかかる瞬間まで自覚できなかったこの想いは。 体をじりじりと焼きつくす欲望の渦が、ボクばかりでなくココさんを巻き込んでしまえばいいのに! その願いを知ってか知らずか、ココさんがボクに直接触れてくる。じゅっと焼きごてをあてられたみたいな衝撃が走る。反射で体が逃げようとするのを押さえつける力強い手に、ボクは噛みついた。 ああ、ココさんもっと! 逃げながら、けれどボクは最初から彼を受け入れていた。熱い体がボクをいっぱいに押しつぶしていく。苦痛とないまぜになった快楽と。 日常からかけ離れた崖の上の夜はボクの姿をどんどん暴いていく。 ココさん、もっと! 腕から口を離して、次は肩に強く噛みついた。たぶん、しばらく固いものは食べられないだろう。もしかすると、仕事にも仕様が出るかもしれない。 だけど、とボクは声が出るのなら大声で叫びたかった。 慣れないような大きな手がボクの体の中に荒々しく侵入して、そのたびにボクがうなり声をあげるとココさんは驚いてすぐに動きを止めてしまう。 痛くないわけじゃないけど、それを上回る快感がボクの頭を麻痺させているのだ。 もっと、もっとと貪欲なボクがココさんの上で身をよじる。ボク自身でさえ、そうできるとは思っていない表情を浮かべて、唇を舐めるとココさんが息を飲むのが伝わってきた。 (もっと、ボクに欲情してください。引き裂いてもいいから、あなたのこと全部許します) どこまで伝わっているか分からないつぶやきを乗せた舌が、あっさりと呑み込まれてしまう。 ぬるぬるとそれ自体が生きているように動く、ココさんの分厚い舌がボクの口腔を優しく侵していく。冷たい唇がボクの熱く火照った唇をおだやかにしてくれた。 ふ、と息をついてはじめて、ボクはそれまで強く息を止めていたことを理解したのだ。 肺の吸い上げる酸素がのどの奥でおかしな音を立てる。どちらのものか分からなくなるまで混ざってしまった唾液を丹念に飲み干して、やっとココさんはボクの唇を解放した。 |